「飛鳥・藤原の宮都」世界遺産へ イコモス勧告、中央集権の足跡証明

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Haruki Sato
科学 - 06 6月 2026

国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関「イコモス」は、「飛鳥・藤原の宮都」を世界文化遺産に登録するよう勧告した。この遺産群は、中国や朝鮮半島との交流を通じて最新技術や文化、政治システムを取り入れ、天皇を頂点とする中央集権国家の誕生から成立までを遺跡で証明できる価値が評価された。

宮殿や寺院跡は地下に埋もれて見えないが、長年にわたる綿密な発掘調査の成果が世界に認められた意義は大きい。

飛鳥時代は、「中央集権」という強靱で安定した国造りへ向け、官僚機構や省庁設置という現代国家につながる政治体制を確立した時代だ。その背景には、中国・唐の台頭という激動の東アジア情勢があった。

唐は朝鮮半島に触手を伸ばし、660年に百済が滅亡。同盟関係にあった倭国(日本)は百済復興の援軍を送るが、663年の白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗した。5年後には高句麗も滅亡し、大陸の脅威が現実のものとなった。

672年の壬申の乱に勝利し皇位に就いた天武天皇は、中央集権国家の建設を推進。その国造りの姿を遺跡で示すのが飛鳥宮跡(奈良県明日香村)であり、天皇が政治を行った大型宮殿跡などが相次いで発掘された。この時期に「天皇」「日本」の称号が正式に用いられたとされ、「天皇」と記された木簡も出土している。

飛鳥宮に続く藤原宮跡(同県橿原市)では、昭和初めからの発掘で、大極殿を中心に各省に相当する建物が規則的に配置されていたことが判明。飛鳥宮跡と比較して役所機能が飛躍的に整備されたことが明らかとなり、国家体制の成立過程が発掘を通じて証明された。

宮殿跡だけでなく、飛鳥水落遺跡(同村)の漏刻跡(水時計施設)は、国家が「時間」を定めて人民の社会生活を統制したことを示す。高松塚古墳(同村)の飛鳥美人壁画(国宝)は大陸との交流を伝え、考古学ブームを巻き起こした。

東京学芸大名誉教授の木下正史氏(考古学)は、次のように評価する。「唐という大帝国の圧力の中、脅威であるはずの唐から政治システムを取り入れた上で日本独自の政治体制を築いた。その証言者が飛鳥・藤原の遺跡であり、地道な発掘調査があってこその成果」

大陸と対峙しながらも関係を断絶せず、必要なものを積極的に導入した飛鳥時代。その国益重視のしたたかな外交戦略は、現代に通じるものがある。(小畑三秋)

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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